所用で仙台の実家に帰った。家の前は廃校になった小学校で、私がガキの頃から大きな楓の木がある。ちょうどよい頃合いで色付いていた。28(日)は快晴で撮影日和だったが、あちこち出かける時間が無かったので近場でのワンカット。
2007年10月30日火曜日
2007年10月21日日曜日
快晴の富士山を見た
朝寝坊が常の私が珍しく早起きをした。昨晩気象庁のHPを見て快晴が予想できたので、6:00AM出発で山中湖まで富士山を見に行ってきた。道は混んでいなかったので2時間弱で到着した。予想通り快晴で雲ひとつ無い富士山を見ることができた。車を停めたのは山中湖畔にある長池親水公園、数十台分の駐車場があり近くにトイレもある。ここからは湖越しに富士山が見える。富士山の東側になるので写真を撮るなら午前の早い時間がよい。 往きは中央道、帰りは東名、走行距離が250Kmのドライブだった。
+-で拡大縮小、矢印で上下左右へ移動、マウスでドラッグも可、「左下の「拡大地図を表示」クリックで見やすくなる。
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2007年10月18日木曜日
水銀電池代用空気亜鉛電池
昭和タイムズ誌は第3号の発刊となり、昭和34年(西暦1959年)を振り返っていた。1959年私はまだ小学生で、60年安保の前年などということは勿論ほとんど記憶していることはない。仙台駅地下道のラーメン屋で皇太子結婚パレードの中継を見ていたことは微かに覚えている。今号で私の目を引いたのは「Nikon Fの発売」だ。発売後10年も経った1970年頃になるが初めて買ったカメラがNikon Fだった。それまでは兄が持っていた一眼レフカメラを占有していた。
そのカメラは、TopconREスーパーという機種で世界初の開放測光TTLだった。TTL=Through the Lens とは、カメラのレンズを通った光量を測って露出を決める方式で、Topcon東京光学が開発命名した和製英語であるが今も昔も世界の標準語。
1971年にNikon F2が発売されたが、それ以降もFは販売されていた。2~3年で新機種になってしまうデジタル時代では考えられないロングセラーだ。1964年の東京オリンピックでは世界中ほとんどの報道カメラマンがNikon Fを使っていたという記述もある。
デジカメ時代になり、収集趣味がない私は、以前使っていたフィルムカメラは友人にあげたり中古屋に売ったりして処分したが、Nikon Fは思い出の品として1台だけ稼働状態で保管してある。
この雑誌に触発され、何年ぶりかでフィルムで写真を撮ってみようと除湿庫からFを出してみた。使っている途中でファインダーをフォトミックFTNという露出計付きのものに替えていた。何年も使っていないので露出計の電池が切れており、そこに使われていた水銀電池は10年も前に製造中止になっている。
代替を探したら二つの方法が見つかった。ひとつは、コンビニでも買えるアルカリボタン電池 LR44にアダプターリングをはめて電池の大きさを合わせる方法、もう一つは米国Wein社の空気亜鉛電池 MRB-625を使う方法。LR44は1.5V、MRB-625は1.3Vで水銀電池と同じ電圧。通販で簡単に見つかったので面倒のない空気電池を使うことにした。この電池、Mercury freeだがChina freeではなかった。
2007年10月14日日曜日
2カメでスカイプ遊び
友人知人が多過ぎて1台のPCでは対応しきれない、などということはない。オートフォーカスのWebカメラを買ったので、今まで使っていたWebカメラをもう1台のPCにつないで遊んでいるだけだ。動画は時々刻々変化する被写体でないと意味がない。ところが私の周囲には動く被写体が少ない。PCのディスプレイや温度計、無線LANターミナルなどにカメラを向けている。スカイプSkypeはこちら
2007年10月11日木曜日
2007年10月6日土曜日
昭和タイムズ TV版
あたかも上記タイトルのような番組を放送していた。懐古趣味の私は、3時間も飲酒喫煙を忘れて見てしまった。今回は昭和43年(西暦1968年)を振り返っていた。フォークソングの話題の中で、発売中止になった「イムジン河」に代わって急遽発売された「悲しくてやりきれない」は、イムジン河のコードを反対からつなげて作ったという逸話が流布されているが、インタビューの中で作曲者である加藤和彦さんは「そんなことはない」と明確に噂を否定していた。
若かった頃フォークやGSの真似ごとをやっていた私は、「イムジン河」と「悲しくてやりきれない」の譜面を見比べ「メロディや和音をひっくり返して作ったという傾向は見受けられない」と、あるBBSに投稿したことがある。
2007年10月3日水曜日
遠近両用水中マスク
私の眼は「遠視+老眼」で、眼鏡をかけている。水中でも普通の水中マスクでは、計器の文字などが読み難い。水中カメラのファインダーにはルーペを付けて写真を撮っていた。目に合ったレンズが付いたマスクを買ったので、今後は水中の視界が明瞭になるであろう。マスクの内側に分厚いレンズが貼り付いていて不格好だがしょうがない。このメーカーのHPはこちら
2007年10月1日月曜日
OpenOffice.org
ソースコードを公開し世界中のボランティアが参加して開発を進めている無料のOfficeソフトがある。日本語化されたものをインストールして使ってみた。マイクロソフトのオフィスと同じ感覚で使えた。85,000件のデータが入っているアクセスファイルも開けクエリーもアクセス同様の設定でOKだった。ボランティア開発者のみなさんに感謝しながらMS Officeと併用していき、いずれはMS Officeの更新をやめるつもりでいる。Sun Microsystems の StarSuiteは、OpenOfficeにユーザーサポートと付属機能を付加した有料(安価)のものである。 日本ではソースネクストが¥4,000弱で販売している。
OpenOffice.orgについてはここをクリック
2007年9月29日土曜日
2007年9月27日木曜日
2007年9月25日火曜日
Nikon ViewNX Ver.1.0
待っていたフォトビュワーが無償公開された。Nikon ViewNX Ver.1.0.0 JP、WindowsとMac OS X 10.3.9、10.4.10で使える。以前使っていたNikonViewはVer6(Vista非対応)で更新が止まってしまうし、Photoshopに付属しているAdobeBridgeというビュワーは、動きが鈍いうえにネットワーク上のファイルが見えないので不便していた。Nikonはビューワーを提供することを予告していたが早めに出してきた印象だ。Nikonカメラを使っている私には問題無いが、RAWファイルは当然ながらNikonフォーマットにしか対応していない。Jpeg、TIFFが読み書きできるので多くの人に使ってもらえるだろう。
上に掲載した写真はウィンドウを最小サイズにしたもので、ディスプレイいっぱいに広げればもっと使いやすくなる。ビューワー内の写真はオーシャンクラブ串畑さん撮影のものを使わせていただいた。
プログラムのダウンロードはこちらから
2007年9月24日月曜日
基準点/大田区って何?
2007年9月22日土曜日
さらば Microsoft Office
天下のIBMが、Lotus Symphony(Beta)という、ワープロ、表計算、プレゼンテーションがワンセットになったソフトの無償配布を始めた。メニューはまだ英語だが、いつも使っているワードやエクセルとほぼ同じなので、英語が読めない私でも自然にマウスカーソルが必要な場所に動いている。本文の日本語表記に問題はないし、ワード・エクセル・パワーポイントがタブ切り替えで同居できる。更には、アクロバット無しでPDFファイルを作れる。ダウンロードサイトはこちら。MS Officeは、VerUPを重ねるたびに使い難くなっていく。特に最近買った2007は、「誰の意見を聞いて直したんだ」と問いたくなる。数式や条件を設定するウィンドウの入口が分らなくなってしまった。仕事の場では多くの人とデータを共有する必要があるので、みんなが慣れているMS Officeを使わざるを得ないが、プライベートな場ではMS Officeにさよならをしたい。Googleも同様の「StarSuite」を無償配布しているので機会があれば試してみたい。
2007年9月20日木曜日
和幸の鎮静剤
和幸CDの3曲目に「鎮静剤」という曲があった。何ともやるせない残酷な内容の詩だ。作曲:高田渡となっていた。高田は、60年代から活動していたフォークシンガーで、「自衛隊に入ろう」「値上げ」「生活の柄」など、人をおちょくったり体制に咬みついたり、強い個性で人間模様を歌い、若かった私はおおいに共感を覚えたものだった。このようなキツい詩を見つけて歌にすることは彼らしいやり方だったと言えるだろう。残念なことに05年逝去。
高田渡の「鎮静剤」は聞いたことがなかった。オリジナルを聞いてみないことには何とも言いようがないのでCDを買った。その結果は、和幸と高田渡を比較しても意味は無い、高田渡が歌う鎮静剤を聴いただけで、それでいい。
鎮静剤 (LE CALMANT)
詩:マリー・ローランサン(Marie Laurencin 画家だそうだ)
退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。
悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。
不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。
病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。
捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。
よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。
追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。
死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。
訳:堀口大學(詩人、フランス文学者)
2007年9月15日土曜日
「和幸」昔懐しサウンド
ジ・アルフィー坂崎幸之助が司会の番組にフォークルの加藤和彦が出演し「和幸」(Kazukoh)というユニットでCDを出したということで演奏もしていた(カラオケ/くちパクだと思う)。妄想の世界のデュオだという。60~70年代のフォークやポップスの風味をあちこちからパクッてきたアレンジで冗談音楽として楽しくできていた。CDも買ってしまった。和幸の二人は抑制した曲作りにしているが、聴くだけの私としては著作権ギリギリまでフレーズをコピーしてほしかった。その方がもっと楽しくもっと分り易くなる。
サイモンとガーファンクル風、高田渡というよりは拓郎の「落陽」+S&Gの「コンドルは飛んでゆく」風、PPM風、ビージーズ/スコットマッケンジー風、ビートルズ風と、いつか何処かで聞いたことがある懐かしい音色だ。私のお勧めはMrs.ロビンソン風の「サタディナイト・ムービー」。さわりの部分だけだがこちらのページで試聴できる。
CDには入っていないが、三線(さんしん)をまじえた楽器編成の「悲しくてやりきれない」とウクレレで唄う「あの素晴らしい愛をもういちど」は、冗談とは違う新しい編曲として良かった。
コロムビアMEが配布している映像、PLAY釦をクリック!。
サイモンとガーファンクル風、高田渡というよりは拓郎の「落陽」+S&Gの「コンドルは飛んでゆく」風、PPM風、ビージーズ/スコットマッケンジー風、ビートルズ風と、いつか何処かで聞いたことがある懐かしい音色だ。私のお勧めはMrs.ロビンソン風の「サタディナイト・ムービー」。さわりの部分だけだがこちらのページで試聴できる。
CDには入っていないが、三線(さんしん)をまじえた楽器編成の「悲しくてやりきれない」とウクレレで唄う「あの素晴らしい愛をもういちど」は、冗談とは違う新しい編曲として良かった。
コロムビアMEが配布している映像、PLAY釦をクリック!。
2007年9月14日金曜日
ダイビングコンピュータ
2007年9月8日土曜日
サイトウ・キネン・オケ
小澤征爾&サイトウ・キネン・オーケストラで幻想交響曲(ベルリオーズ)を聞いた。生放送のテレビでも、コンサートホールで聴くほどの感動にはならない。オーケストラを聴くのはウィーンフィルのニューイヤーコンサート以来だ、これもテレビだけれど。普段、昔のジャズとポップスしか聞いていない私には心地よい刺激になる。斉藤記念フェスティバルについてはこちらを。
2007年9月7日金曜日
大河になった多摩川
一部地域に避難勧告が出たり中州に取り残されたブルーシート生活者が何人も消防ヘリに吊り上げられるなど、台風9号では話題の多かった多摩川だ。「岸辺のアルバム」というテレビドラマを覚えているのは私の世代だけかも知れないが、今回避難勧告が出た地域はその辺りのようだ。 拙宅は多摩川の堤防の上に建っているような立地である。ベランダから川を眺め、更には増水した水辺まで足を運んでみた。河川敷の草野球場やサッカー場は当然水の中、置いてあるスチール物置は上の方が水から出ている状態。水が堤防を越えるまでにはあと2~3m水位の余裕がありこの場所は心配無い。この地に越して来て3年になるが、このような多摩川を見たのは初めてだ。
2007年9月3日月曜日
テレビが壊れた
13年も前に買った古いテレビ受像機だが何ひとつ不具合なく使えていた。ところが、朝、電源スイッチを入れると「プツン!プツン!」とリレーがon/offするような音を出し、画も音も出なくなってしまった。逝ってしまったな、とは思ったが、アナログテレビ放送が無くなる2011年までは生きていてほしかった。その夜、家電メーカーのHPやショッピングサイトをあちこち巡り歩き、結果、9月1日発売という新機種を発注し今日届いた。値段と部屋の狭さのバランスで37インチの液晶テレビにした。愚妻の部屋は、小型ながらとっくにデジタルテレビになっている。私の生活空間であるパソコンエリアの近傍にもやっとデジタルテレビ受像機が置かれた。
ず~とアナログ人間で生きてきた私は、アナログTVとは別れがたく新しいテレビのアナログチューナーにもアンテナ線をつないだ、でも、もうアナログchは見ないだろうな。ハイビジョン放送とアナログ放送の画質を見比べたら、そりゃぁもう・・・。
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