2007年11月24日土曜日

生録ナマロク遊び

  カメラの三脚に取り付けてあるのはデジタル録音機、PCM-D50という発売になったばかりのものだ。生録に欠かせない機能が、突然起こる過大な音量を適切に制御してくれるリミッター、プロ用やハイアマチュア向けの高価な機種には当然付いている機能であるが、私の小遣いで買える安価な機種には付いていなかった。先日、リミッター機能が付いた安価な機種が出たのだ。

  この録音機は、標本化96KHz、量子化24bitで録音でき、CD(44KHz、16bit)よりもかなり高解像度な音声記録ができる。それで何を録るんだ、と聞かれても答えは無い。今日録ってみた「河原の草野球」と「3両編成多摩川線電車のポイント通過音」(30秒に編集済み)。←192KbpsのMP3に変換してあるので原音の趣はない。PCM-D50の詳細についてはこちら。

2007年11月18日日曜日

昭和記念公園の紅葉

  銀杏並木が見頃だというので行ってみた。今日は快晴で気持のよい散策になった。時期としてはちょうど良い頃なのだろうが、今年の紅葉は去年同様、葉っぱに元気が無い。おととしは良かった。写真が残っているので見比べれば分かる。

  昭和公園までは多摩川土手を上流に向い35Km、1時間の距離だが何せ渋滞が無いことはないので早めに出かけた。ところがすんなりと到着してしまい開園時刻の1時間も前、駐車場入り口で30分も待つはめになった。

2007年11月11日日曜日

昭和タイムズ 6号

  昭和タイムズ誌は第6号の発行となった。今号は、私が生まれた昭和23年(西暦1948年)を取り上げていたので買ったが、もう飽きてきたので購入はこれでやめた。美空ひばりのデビュー、帝銀事件発生、A級戦犯の処刑執行などがあった昭和23年だ。

  この時期の平均寿命は、男51歳、女54歳だったという。はがき1枚2円、国鉄初乗り運賃3円、ガソリン1リッター14円、コーヒー1杯20円というデータがあった。タイムスリップした感じだ。

2007年11月7日水曜日

ターキーで渋抜き

  実家の裏庭に隔年たわわに実をつける渋柿の木がある。水っぽい実なので干し柿には向かないという。それでは、所謂、焼酎での渋抜きをやってみようと、あちこちWeb検索を行いその方法を探した。

  焼酎が無かったので「あぁもったいない」と思いながら、ワイルドターキーを皿にドブドブと注ぎ、柿のヘタをその中に漬け、その後ビニール袋に1週間密閉しておいた。果実酒用焼酎は35度、ワイルドタキーは50度、柿が酔っぱらってしまわないことを祈った。

  結果は、写真のような完全に渋が抜けたまろやかな甘味の柿が出来上がった。切り身の1片が無くなっているのは、撮影前に私が食べてしまったからだ。

2007年10月31日水曜日

清潔、快適なトイレ

  かつては臭い・汚いの代名詞だった公衆便所が変化しつつある。右の写真は、東北道・那須高原SAのトイレ、暖かい便座・ウォッシュレット付き、おまけに手洗いの水が温水で寒冷地では嬉しい心遣いだ。今時、家庭も勤務先もみなこのようなトイレになっている。公衆便所だからといって不快でいいはずがない。
  トイレが不規則な私は、よく公衆トイレを利用する。神代植物園でもウォッシュレット付きのトイレを見つけ嬉しく思ったことがある。時々遊びの部材を買いに行くホームセンターも、ついついトイレの快適な店を選んでしまう。
  余談だが、男子トイレでも1眼レフカメラを持って撮影することは躊躇した。変質者と間違えられてはカッコ悪い、ワイドレンズを使いたかったが携帯電話のカメラで我慢した。au W54Tのカメラは、標準設定のままで撮影すると激しい白飛びになるので露出補正マイナス0.7を私的標準にしている。

2007年10月30日火曜日

ワンポイント紅葉

  所用で仙台の実家に帰った。家の前は廃校になった小学校で、私がガキの頃から大きな楓の木がある。ちょうどよい頃合いで色付いていた。28(日)は快晴で撮影日和だったが、あちこち出かける時間が無かったので近場でのワンカット。

2007年10月21日日曜日

快晴の富士山を見た

  朝寝坊が常の私が珍しく早起きをした。昨晩気象庁のHPを見て快晴が予想できたので、6:00AM出発で山中湖まで富士山を見に行ってきた。道は混んでいなかったので2時間弱で到着した。予想通り快晴で雲ひとつ無い富士山を見ることができた。

  車を停めたのは山中湖畔にある長池親水公園、数十台分の駐車場があり近くにトイレもある。ここからは湖越しに富士山が見える。富士山の東側になるので写真を撮るなら午前の早い時間がよい。 往きは中央道、帰りは東名、走行距離が250Kmのドライブだった。

+-で拡大縮小、矢印で上下左右へ移動、マウスでドラッグも可、「左下の「拡大地図を表示」クリックで見やすくなる。

拡大地図を表示

2007年10月18日木曜日

水銀電池代用空気亜鉛電池

  昭和タイムズ誌は第3号の発刊となり、昭和34年(西暦1959年)を振り返っていた。1959年私はまだ小学生で、60年安保の前年などということは勿論ほとんど記憶していることはない。仙台駅地下道のラーメン屋で皇太子結婚パレードの中継を見ていたことは微かに覚えている。

  今号で私の目を引いたのは「Nikon Fの発売」だ。発売後10年も経った1970年頃になるが初めて買ったカメラがNikon Fだった。それまでは兄が持っていた一眼レフカメラを占有していた。
  そのカメラは、TopconREスーパーという機種で世界初の開放測光TTLだった。TTL=Through the Lens とは、カメラのレンズを通った光量を測って露出を決める方式で、Topcon東京光学が開発命名した和製英語であるが今も昔も世界の標準語。

  1971年にNikon F2が発売されたが、それ以降もFは販売されていた。2~3年で新機種になってしまうデジタル時代では考えられないロングセラーだ。1964年の東京オリンピックでは世界中ほとんどの報道カメラマンがNikon Fを使っていたという記述もある。
  デジカメ時代になり、収集趣味がない私は、以前使っていたフィルムカメラは友人にあげたり中古屋に売ったりして処分したが、Nikon Fは思い出の品として1台だけ稼働状態で保管してある。

  この雑誌に触発され、何年ぶりかでフィルムで写真を撮ってみようと除湿庫からFを出してみた。使っている途中でファインダーをフォトミックFTNという露出計付きのものに替えていた。何年も使っていないので露出計の電池が切れており、そこに使われていた水銀電池は10年も前に製造中止になっている。
  代替を探したら二つの方法が見つかった。ひとつは、コンビニでも買えるアルカリボタン電池 LR44にアダプターリングをはめて電池の大きさを合わせる方法、もう一つは米国Wein社の空気亜鉛電池 MRB-625を使う方法。LR44は1.5V、MRB-625は1.3Vで水銀電池と同じ電圧。通販で簡単に見つかったので面倒のない空気電池を使うことにした。この電池、Mercury freeだがChina freeではなかった。

2007年10月14日日曜日

2カメでスカイプ遊び

  友人知人が多過ぎて1台のPCでは対応しきれない、などということはない。オートフォーカスのWebカメラを買ったので、今まで使っていたWebカメラをもう1台のPCにつないで遊んでいるだけだ。

  動画は時々刻々変化する被写体でないと意味がない。ところが私の周囲には動く被写体が少ない。PCのディスプレイや温度計、無線LANターミナルなどにカメラを向けている。スカイプSkypeはこちら

2007年10月11日木曜日

ICチップ入り

  あと10年は生きているだろうとパスポートを更新した。何せ10年に1度しかやらない手続き、都のHPを何度も見てしまった。提出物は、申請書、写真、官製はがきのみ。問題の住民基本台帳システムだが、これのお蔭で住民票は不要だ。

  申請から発行まで1週間、以前のものと変わったのは、ICチップが埋め込まれたプラスチックのページが加わったこと、写真の顔が老けたこと。

2007年10月6日土曜日

昭和タイムズ TV版

  あたかも上記タイトルのような番組を放送していた。懐古趣味の私は、3時間も飲酒喫煙を忘れて見てしまった。今回は昭和43年(西暦1968年)を振り返っていた。

  フォークソングの話題の中で、発売中止になった「イムジン河」に代わって急遽発売された「悲しくてやりきれない」は、イムジン河のコードを反対からつなげて作ったという逸話が流布されているが、インタビューの中で作曲者である加藤和彦さんは「そんなことはない」と明確に噂を否定していた。

  若かった頃フォークやGSの真似ごとをやっていた私は、「イムジン河」と「悲しくてやりきれない」の譜面を見比べ「メロディや和音をひっくり返して作ったという傾向は見受けられない」と、あるBBSに投稿したことがある。

2007年10月3日水曜日

遠近両用水中マスク

  私の眼は「遠視+老眼」で、眼鏡をかけている。水中でも普通の水中マスクでは、計器の文字などが読み難い。水中カメラのファインダーにはルーペを付けて写真を撮っていた。目に合ったレンズが付いたマスクを買ったので、今後は水中の視界が明瞭になるであろう。

  マスクの内側に分厚いレンズが貼り付いていて不格好だがしょうがない。このメーカーのHPはこちら

2007年10月1日月曜日

OpenOffice.org

  ソースコードを公開し世界中のボランティアが参加して開発を進めている無料のOfficeソフトがある。日本語化されたものをインストールして使ってみた。マイクロソフトのオフィスと同じ感覚で使えた。85,000件のデータが入っているアクセスファイルも開けクエリーもアクセス同様の設定でOKだった。ボランティア開発者のみなさんに感謝しながらMS Officeと併用していき、いずれはMS Officeの更新をやめるつもりでいる。

  Sun Microsystems の StarSuiteは、OpenOfficeにユーザーサポートと付属機能を付加した有料(安価)のものである。 日本ではソースネクストが¥4,000弱で販売している。
OpenOffice.orgについてはここをクリック

2007年9月29日土曜日

昭和タイムズ 創刊

  我々団塊世代をターゲットにしているのだろう、盛んにテレビでCMを流している。40年間を昭和という時代で過ごした私も多少惹かれるところがあり、創刊号だけ¥190と安価なので買ってしまった。週刊誌で64号出版されるという。

  創刊号は昭和39年(西暦1964年)版だ。東京オリンピックの開催や新幹線の開通は誰でも知っていることで面白くない。私が注目したのは、観光目的海外旅行の解禁、ホンダのF1初参戦、ワンカップ大関の発売。ワンカップは現在のものとデザインが同じだ。

2007年9月27日木曜日

居酒屋「八丈」

  八丈島まで飲みに行ったわけではなく近所の居酒屋だ。ここのオヤジ、料理が上手、私の好物である刺身も新鮮だ。小さなテーブルがふたつとカウンターだけ、十数人しか入れないがいつも万客。夕食が遅くなる時はここで愚妻と待ち合わせている。

2007年9月25日火曜日

Nikon ViewNX Ver.1.0

  待っていたフォトビュワーが無償公開された。Nikon ViewNX Ver.1.0.0 JP、WindowsとMac OS X 10.3.9、10.4.10で使える。

  以前使っていたNikonViewはVer6(Vista非対応)で更新が止まってしまうし、Photoshopに付属しているAdobeBridgeというビュワーは、動きが鈍いうえにネットワーク上のファイルが見えないので不便していた。Nikonはビューワーを提供することを予告していたが早めに出してきた印象だ。Nikonカメラを使っている私には問題無いが、RAWファイルは当然ながらNikonフォーマットにしか対応していない。Jpeg、TIFFが読み書きできるので多くの人に使ってもらえるだろう。

  上に掲載した写真はウィンドウを最小サイズにしたもので、ディスプレイいっぱいに広げればもっと使いやすくなる。ビューワー内の写真はオーシャンクラブ串畑さん撮影のものを使わせていただいた。
プログラムのダウンロードはこちらから

2007年9月24日月曜日

基準点/大田区って何?

  道端に「基準点 大田区」と彫刻された円形の金属板が埋め込まれていた。検索サイトであちこち探してみたが分りやすいサイトには出会わなかった。基準点というのだから何かの測量に使うのではないかと思う。国土地理院とでも彫刻されていれば分かるのだが。まぁ、こんなものを見つけて不思議がっているのは私だけだろう。

2007年9月22日土曜日

さらば Microsoft Office

  天下のIBMが、Lotus Symphony(Beta)という、ワープロ、表計算、プレゼンテーションがワンセットになったソフトの無償配布を始めた。メニューはまだ英語だが、いつも使っているワードやエクセルとほぼ同じなので、英語が読めない私でも自然にマウスカーソルが必要な場所に動いている。本文の日本語表記に問題はないし、ワード・エクセル・パワーポイントがタブ切り替えで同居できる。更には、アクロバット無しでPDFファイルを作れる。ダウンロードサイトはこちら。

  MS Officeは、VerUPを重ねるたびに使い難くなっていく。特に最近買った2007は、「誰の意見を聞いて直したんだ」と問いたくなる。数式や条件を設定するウィンドウの入口が分らなくなってしまった。仕事の場では多くの人とデータを共有する必要があるので、みんなが慣れているMS Officeを使わざるを得ないが、プライベートな場ではMS Officeにさよならをしたい。Googleも同様の「StarSuite」を無償配布しているので機会があれば試してみたい。

2007年9月20日木曜日

和幸の鎮静剤

  和幸CDの3曲目に「鎮静剤」という曲があった。何ともやるせない残酷な内容の詩だ。作曲:高田渡となっていた。

  高田は、60年代から活動していたフォークシンガーで、「自衛隊に入ろう」「値上げ」「生活の柄」など、人をおちょくったり体制に咬みついたり、強い個性で人間模様を歌い、若かった私はおおいに共感を覚えたものだった。このようなキツい詩を見つけて歌にすることは彼らしいやり方だったと言えるだろう。残念なことに05年逝去。

  高田渡の「鎮静剤」は聞いたことがなかった。オリジナルを聞いてみないことには何とも言いようがないのでCDを買った。その結果は、和幸と高田渡を比較しても意味は無い、高田渡が歌う鎮静剤を聴いただけで、それでいい。

  鎮静剤 (LE CALMANT)
  詩:マリー・ローランサン(Marie Laurencin 画家だそうだ)
退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です。
悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です。
不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です。
病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です。
捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です。
よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です。
追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です。
死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です。
  訳:堀口大學(詩人、フランス文学者)

2007年9月15日土曜日

「和幸」昔懐しサウンド

  ジ・アルフィー坂崎幸之助が司会の番組にフォークルの加藤和彦が出演し「和幸」(Kazukoh)というユニットでCDを出したということで演奏もしていた(カラオケ/くちパクだと思う)。妄想の世界のデュオだという。60~70年代のフォークやポップスの風味をあちこちからパクッてきたアレンジで冗談音楽として楽しくできていた。CDも買ってしまった。和幸の二人は抑制した曲作りにしているが、聴くだけの私としては著作権ギリギリまでフレーズをコピーしてほしかった。その方がもっと楽しくもっと分り易くなる。

  サイモンとガーファンクル風、高田渡というよりは拓郎の「落陽」+S&Gの「コンドルは飛んでゆく」風、PPM風、ビージーズ/スコットマッケンジー風、ビートルズ風と、いつか何処かで聞いたことがある懐かしい音色だ。私のお勧めはMrs.ロビンソン風の「サタディナイト・ムービー」。さわりの部分だけだがこちらのページで試聴できる。

  CDには入っていないが、三線(さんしん)をまじえた楽器編成の「悲しくてやりきれない」とウクレレで唄う「あの素晴らしい愛をもういちど」は、冗談とは違う新しい編曲として良かった。
  
コロムビアMEが配布している映像、PLAY釦をクリック!。